香りを拾い、枝を探して、野の小径を選ぶ。 そんな春の夕ごころ。
年よりも遅れて、梅の香が春風に乗って、京の町を満たしております。
毎朝やってくる鶯も、ようやく、つっかえず囀るようになりました。
そんな日には、清らかな香りに誘われるように、京都御所の梅林を散策してみます。
京都域内にも、美しい梅の林は いくつかございますが
京都御所のそれは、それ程 広くはないものの、手を加えない 春の野の小径を拾うような 雅趣があります。
紫宸殿より南西の
一角まで来ますと
春の芳しい風が
心を浮き立たせます。
ひとつの香りから
次の香りへと
誘われるように。
小径を取ったり
外れてみたり。
誘われるままに 顔を近づけますと
愛らしい花が微笑んでいます。
梅 遠近(をちこち)
南(みんなみ)すべく 北すべく
( 蕪村 句 )
春の詩人、与謝蕪村の歩に合わせよう。
香りを拾い、枝を探して、径を選ぶ。
ゆっくりと 過ぎゆく 春のひととき。
飽かずに続く 散策。
淡い紅梅の古木は、私の最も好きな木。
風雪を開いて、春を告げてきた 樹の姿。
一昨年 幹近くの見事な枝をなくしましたが、今でも私の愛する美しいひともと。
夕映えに香る頃、寒さをわすれて
スケッチしたのも、随分前のこととなりました。
その花は 木の姿に比べて
ほんと 小さく愛らしく
香りは その品位で
他の梅を退けます。
宋代の高士、林和靖の
愛したという梅に擬して
春ごとに会いにゆきます。
陽の差す方へと
歩を進めますと
南枝、北枝と遅速をもって、花開いております。
どの ひと枝にも 歩を止めずには過ごせない
そんな 夢みるような
のどかな 春の一日。
午下がりともなりますと、暖かな光の中で
メジロやジョウビタキが飛来しては 春ののどかを歌います。
はるか王朝の かしこき 故苑の春を想います。
三々五々、三径を選んでゆっくりと歩いて行きたくなる
そんな 春の夕ごころが、京都御所の梅林にはあります。
上述 淡紅の古木のスケッチ(インクペン)
( 1997年3月2日と3日 京都御所 )