昔より 名には聞けども今日みれば むべめかれせぬ 糸桜かな
あたたかな春の風が吹きますと、花の枝がリズムをもって踊ります。
風の流れに合わせるように。
ゼフィロスの歌に応えるように。
青い芝生に出来た陽だまりも、さくら色に縁どられて揺れています。
初春の晴天が続きますと、京都の花は、まっさきに京都御所の糸桜から咲き始めます。
糸桜は、とても小さな透けるような花をまとった、枝垂れ桜。
紫宸殿の北に面して位置する、五摂家の筆頭、近衛邸址を中心に咲いております。
女性的な桜の木も、歳を重ねた木には、あてやかな風格を感じます。
歳を経ても変わらぬ松の翠が、背景にそっと、花の美しさを引き立てます。
桜の美しさは、花の美しさだけではないと知ります。
孝明天皇の御製
昔より 名には聞けども今日みれば
むべめかれせぬ 糸桜かな
世の中に
絶えて桜のなかりせば
春の心は のどけからまし
在原業平
京都御所の苑内で桜を観ておりますと、古今集の花と恋の歌を探してみたくなります。
ひと目見し君もや来ると 桜花
今日は待ちみて 散れば散らなむ
紀貫之
久方の光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ
紀友則
近衛邸址に隣接して、子供達が遊べる公園が設けられています。
幼稚園の頃から遊んだ場所。
向かい合って二人で掛ける、大好きなブランコも今はもうありません。
春や昔の春ならぬ
一条邸址まで出てきますと、夕風のとても すがしいこと。
千年 色褪せぬ翠の木々を見て、何ともなくほっとするような。
紫宸殿の塀から見える松は、そろそろ初夏の準備をしているよう。